プロフェッショナルを演じる仕事術

人は実力以上の肩書(役)が与えられて無能状態に陥ると,できるだけそれを隠そうとします.たとえば情報をできるだけ隠して権威を保とうとするのはその典型です.自分だけが重要な情報を知っている状態を作れば,「これはどうすればいいですか」と周りの人が指示を仰ぐので,それなりに自分のプライドを満足させられます.また,自分が新しいアイデアを出さなくても,部下のアイデアにケチをつけて存在感を出すこともできるからです.
さらに無能なレベルに達した人は,自分のポジションを脅かそうとする有能な人をあらゆる手を使って排除しようとします.そして有能な人は次々と組織を去り,主要なポストは無能レベルに達した人によって占められてしまうのです.そしてこれこそが「大企業病」と呼ばれる状態であり,我々自身も自分がこのピーターの法則に陥らないように実力を鍛え,定期的にセルフチェックする必要があるのです.

日本の教育の中で,ビジネスや商売のすばらしさを教えられることはほとんどありません.教科書でも不思議なほど,ビジネスや商売で成功した人の物語は出てきません.したがって家が商売でもやっていない限り,ほとんどの子供は,自分を重ね合わせて見られるリアルな商売のイメージを持つことなく育ちます.

「大企業に勤めていた人がベンチャーを起業した時に失敗する理由の一つは,肩書を自分の実力と勘違いしてしまうことです.会社を辞めて,世間の冷たい風にさらされたとき,はじめて自分に何の力もなかったことに気付く.だから,ベンチャーを興そうと思ったら,まずは謙虚さを学ばねばならない」

私がこれまでにお会いした経営者や学者の方々で「本当にすごい」と思った人に共通していたのは,威張っている人がいなかったことです.人は肩書がついてチヤホヤされると天狗になってしまい,「俺は偉い」という勘違いが起こりがちです.そして周りの人への感謝を忘れ,努力をしなくなってしまうというのがありがちなパターンです.つまり周りから与えられた役に知らぬ間に振り回され,そしてその役に飲み込まれてしまうのです.
ただ一歩抜け出して「プロフェッショナル」になる人は,このような目先の誘惑などには目もくれません.苦労して獲得した役さえ捨て去り,さらなる高みを目指します.それができるかどうかが「プロフェッショナル」と「凡人」を分けます.

「戦略の3C」よ呼ばれる有名なフレームワークがあります.「C」とは

  • 顧客(Customer)
  • 自社(Company)
  • ライバル(Competitor)
  1. 市場は十分に大きいか
  2. その市場にいるお客様が,現状に何か不満を感じていないか
  3. 自分はその不満を解決できる方法を知っているか

事業化や投資家がビジネスチャンスを見極めるときによく使うこのフレームワークを利用すれば,圧倒的に効率のよい情報収集が可能になります.

ファインマン教授は,ニュートン力学に慣れ親しんだ学生に対して,量子力学というまったく異なった学問体系を学ぶ際の心得をこのように説明したのです.人は視野を広げようとして,知識や経験を積み重ねてメンタルモデルを作り,それが「世の中ってこんなもんだ」という世界観となります.そして世界観が一旦出来上がってしまうと,すべてをそれで解釈したり,当てはまらないものを全面否定したりするようになります.
ファインマン教授は,まさにそれを戒め,何か新しい事を理解しようと思ったら,古い思考を一旦クリアにして,ゼロベースで見ないとだめだと主張したのです.

日本電産の永守社長は,「企業経営とは,いかに多くの成功体験を作るかです」と言い切っていますが,成功体験を通じて達成動機を高める環境を作れば,社員一人一人が自分のすべきことを自分で考え,最高の仕事ができるようになります.
もちろん達成動機をどこまで高められるかは,最終的には本人次第ですが,まずは見よう見まねでもやってみて,少しでも成功体験を得ることが最初のステップとして有効です.そして達成動機を高めることができれば,仕事が楽しくなるだけでなく,誰とでも取り替えの利く「作業員」から,唯一の価値を生み出す「プロフェッショナル」への道が開けるのです.

負けを恐れるばかりに勝負を避けるのではなく,困難に挑んでいく.その結果が負けだとしても,勝った時よりも多くのものを手に入れることができます.新しい価値観などはその典型ですが,負けることによってはじめて謙虚になって学ぶことができ,新しく手に入れた価値観によって前よりも自分をアップグレードすることができるのです.
学生時代に敗北感や挫折感を経験した人の方が,社会人になってうまく職場に溶け込んで活躍しているという結果が出ていますが,これなどはまさに負けを通じて,学び方を学んでいることを如実に表しています.

「変われない人」がいる一方で,「変わる人」はどんな知識でもスポンジのように吸収します.「これは違う」「私ならそうしない」と思うことでも,いったん飲み込んで咀嚼しようとします.自分の方が正しいなら,”成功した人”より自分の方が成功していなければならないのに,現実は違うという事実をよくわかっているからです.だからこそ自分より優れた能力を持っている人と争おうとせず,そこから学ぶ懐の深さを持っています.

ワタミフードシステムズ株式会社の創業者・渡邉美樹氏も「伸びる社員」について次のように語っています.「伸びる素質を持った社員は,基本的に素直です.様々な失敗や成功を糧として,学ぶべきことをスポンジのように吸収していきます.たとえば,お客様からクレームを受けたとしても,変な言い訳はしません.お叱りの言葉を素直に受け止めて,自分に何が足りなかったかを見つめ,次に活かそうとします.そういう意味で,伸びる社員は,素直と同時に余裕を持っています.逆に伸びが止まっている社員は「〜したつもりなのに」とか,「自分が頑張っているのに周りの人間が」といった言い訳が,真っ先に口をついてきます」.

リスクを取って挑戦し,経験を重ねるほど,強くなれる.これはどんな世界にでも共通する原理原則です.しかし社会人になると,負けることを恐れるばかりに,勝負を避けることの方が多くなります.
あえて困難なことに挑戦し,”きちんと負ける”こと.それが学び方を学ぶ上で極めて重要です.そのためには,小さな失敗と挫折を繰り返しながら,それらを乗り越える経験を積むことが必要です.そしてそれを通じて,負けてもまた立ち上がれるという「勇気のカケラ」を手に入れることができれば,自分とは違う価値観を受け入れられる心の余裕が生まれます.

伝統的な師弟関係において師匠は入門したての弟子に,便所掃除や,廊下の掃き掃除など一見無意味と思える修行をさせます.そうすることによって,弟子に学ぶ心構えをさせているというのです.
一旦無意味だと思える修行を受け入れることができると,だんだんと修業をしている自分を正当化する気持ちが生まれます.
「謙虚になって学ぶ心を身につければ,どんなことからでも学ぶことができる」.

「師匠は尊敬し,学ぶべき対象であると同時に,いずれは乗り越えるべき存在である」ということです.もちろんそれは簡単ではありませんし,一生かけても師匠は乗り越えられないかもしれません.ただし本気で師匠に追いつき,そして超えることを目指さないのなら,いつまでたっても師匠の出来の悪いコピーで終わります.
いつまでも自分に依存させようとする人は,本当の師匠ではありません.本当の師匠は,弟子に自分を超えることを求めます.そのために,かっこいいところ,カッコ悪いところを含めた生きざまをすべて見せ,そのうえで自分を超えさせようとします.学ぶ方もその教えを受け取れるかどうかで,師匠の単なる模倣で終わるのか,それとも師匠を乗り越えて次のステージへ進めるかが決まるのです.