学問のすすめ

学問のすすめ 現代語訳 (ちくま新書)

学問のすすめ 現代語訳 (ちくま新書)

このように安心して生活できるのも,政府の法律があるためだが,法律を作って人民を保護するのは,もともと政府の商売であって当然の責任である.「御恩」などと言うべきではない.政府が人民に対して,人民を保護することを「御恩」とするものならば,百姓・町人の方も政府に対して,その年貢をもって「御恩」と言うのがふさわしい.

ある国の暴力的な政治というのは,暴君やとんでもない官僚のせいばかりではない.その大元は,国民の無知が原因であって,自ら招いたわざわいとも言える.だから,人民がもし暴力的な政治を避けようとするならば,いますぐ学問に志して,自分の才能や人間性を高め,政府と同等の地位にのぼるようにしなければならない.

イギリス人はイギリスを自分の国と思い,日本人は日本を自分の国だと思う.自分の国の土地は,他国のものでなく,自分の国の人間のものだから,自分の国を思うことは自分の家を思うようにして,国のためには財産だけでなく,命を投げ出しても惜しむに足らない.これがつまり「報国の大義」である.

国民を束縛して,政府がひとり苦労して政治をするよりも,国民を解放して,苦楽を共にした方がいいではないか,ということなのだ.

国民が政府に従うのは,政府が作った法にしたがうのではなく,自分たちが作った法にしたがうということなのだ.国民が法を破るのは,政府が作ったほうを破るのではなく,自分たちが作った法を破るということなのだ.その法を破って刑罰を受けるのは,政府に罰せられたのではなく,自分たちで定めた法によって罰せられたのだ.

国を守るためには,役人の給料がいる.陸海軍の軍事費もいる.裁判所の費用もかかるし,地方官の費用もかかる.それらを合計すれば大金のように思えるけれども,一人当たりで割れば何ほどのものでもない.およそ世の中に,何が上手い商売かといって,税金を払って政府の保護を買うほど安いものはない.

「身を犠牲にして正義を守る」とは,天の道理を信じて疑わず,いかなるひどい政治のもとで,どんなに過酷な法で苦しめられようとも,その苦痛に耐え,くじけずに志を持ち,何の武器をも持たず,少しの暴力も使わず,ただ,正しい道理を唱えて政府に訴える事である.この策をもって上策の上とする.

われわれの仕事というのは,今日この世の中にいて,われわれの生きた証を残して,これを長く後世の子孫に伝えることにある.