知性とは何か

知性とは何か(祥伝社新書)

知性とは何か(祥伝社新書)

反知性主義をおおざっぱに定義するならば,「実証性や客観性を軽視もしくは無視して,自分が欲するように世界を理解する態度」である.
新しい知識や見解,論理性,他社との関係性などを等身大に見つめる努力をしながら世界を理解していくという作業を拒み,自分に都合が良い物語の殻に籠るところに反知性主義者の特徴がある.合理的,客観的,実証的な討論を反知性主義者は拒否する.
特に政治エリート,知性に基づいた客観性,実証性に拘束されない「物語」を用いたほうが自己の権力基盤の拡大に資するという認識を抱いた場合,反知性主義的傾向を示すことが少なくない.反知性主義者は,「とにかく気合を入れて問題を解決する」という決断主義に結びつきやすい.

柄谷行人氏の思想の特徴は,歴史的構造について語ると同時に現実についても語るところにある.柳田国男の沖縄観について,柄谷氏はこうまとめる.
第一に,日本が沖縄を植民地として差別し収奪の対象としか見ないのであれば,沖縄人は独立して国家を形成してよい,ということである.第二に,沖縄が国家として独立する資格があるのは,以前に琉球王国があったからではなく,人々がネーションとしての同一性をもつ限りにおいてである.だがそのためには,現にあるような島々の間の階層や収奪関係を破棄しなければならない.
日本の陸地面積の0.6%を占めるに過ぎない沖縄に,在日米軍基地が74%もあるという構造化された政治的差別が続いている.しかも中央政府は,沖縄の有権者によって選ばれた国会議員・知事に圧力をかけて辺野古に巨大軍事基地の建設を強行しようとしている.これは中央政府の沖縄に対する差別政策の拡大に他ならない.
沖縄人は現在,ネーション(文化的・歴史的共通認識にとどまらず政治意識をもった共同体)を形成する過程にある.沖縄本島八重山の間,八重山列島に属する諸島の間に軋轢を作り出そうとしているが,それによって沖縄人のアイデンティティーが分裂し,下位の民族集団が形成される可能性はないと思う.
柄谷氏は,柳田が日本人と沖縄人の祖霊感に差異があることに注目したことに重要な意義を認める.柳田の理解では,日本人の祖霊は山に向かうのに対して,柄谷氏は柳田の祖霊観をニライカナイと結びつける.
沖縄には本土のような山がない.ゆえに,祖霊は海の向こうに行く.柳田は本土で山の上に見ていたものを,沖縄では海の向こうに見た.
海兵隊普天間飛行場辺野古移設問題をめぐって,祖霊という補助線を引くと事柄の本質がよく見えてくる.ニライカナイの祖霊たちもこの危機的状況を座視することができず,降りてきている.

どうすれば反知性主義者を克服することができるか,というのは非常に困難な課題である.結論を先取りして言うと,反知性主義者が反知性主義脱構築することはできない.
実証性,客観性を軽視もしくは無視しているので,事実に基づいた反証を反知性主義者は受け入れないのである.知性による説得ということ自体を拒否している.
したがって,反知性主義者に対しては,こういう人々が力を背景に自らの心から生じた政治路線,経済政策を他者に強要していくことを,公共圏の力で封じ込めていくという方策しか取れないのだと思う.

具体的な本を紹介したい.いちばん初めに取り上げるのが,芳沢光雄「論理的に考え,書く力」だ.
(中略)
論理力をつけたいと考える読者には,野矢茂樹「論理学」を勧める.また,文章を書くときの論理については,古典的な名著である澤田昭夫「論文の書き方」を読むとよい.