人間にとって成熟とはなにか

威張って,不遜で,自己中心的で,評判を恐れ,賞賛を常に求め,しかも現実の行動としては他罰的な人というのは,実は不安の塊なのである.自分の生涯の行き方の結果を,正当に評価できるのは,私流に言うと神か仏しかいない.だから他者に評価や賞賛を求めるのは,まったく見当違いなのだ.もし私が本当に馬鹿なら,馬鹿にされるという結果は正当なものだ.そういう人生の雑音には超然として楽しい日を送り,日々が謙虚に満たされていて,自然にいい笑顔がこぼれるような暮らしをすることが成熟した大人の暮らしというものだ.街の英雄は,決しての他人の出世や評判を羨んだり気にしたりしないのである.

多くの年寄りは,自分の立場をよく理解していた.だから飢えない程度の食事,不潔と言われない程度に体をきれいにしておく介護ができれば誰も文句を言わない.

品を保つということは,独りで人生を戦うことなのだろう.自分を失わずに,誰とでも穏やかに心を開いて会話ができ,相手と同感するところと,拒否すべき点とを明確に見極め,その中にあって決して流されないことである.この姿勢を保つには,その人自身が,川の流れの中に立つ杭のようでなければならない.私は川の中の杭という存在に深い尊敬を持っているのである.

私たちは人間社会の中に住み,多かれ少なかれその恩恵と被害を受けて暮らすのである.大きかろうと小さかろうと都市や町に住み,教育と水道と電気の供給,テレビや携帯などの電波の恩恵,無料の救急車と予防接種などの市民としてのサービスを受ける以上,私たちの自由は義務を伴うのである.