Braking Ball

スローカーブを、もう一球 (角川文庫 (5962))

スローカーブを、もう一球 (角川文庫 (5962))

何気に読み直してみました.
「たったひとりのオリンピック」が今の自分には一番面白かったです.

まず,その歳の2月から練習を始める.夏の国体に勝つ.秋の全日本選手権でも勝つ.そしてオリンピックの代表選考会に残る.そこでも,もちろん勝つ.
現に勝てるかどうか,そんなことは問題ではなかった.モントリオールに行ってメダルをとるんだという目的に合わせて,そこに至るまでのプロセスを逆に辿ってみると,国体にも全日本にも,選考会にも勝たなければならないことになった.そして彼にとってそれは大きな壁には見えなかった.「自分の思いつきに酔っていた」のである.長期にわたって自分の思いつきに酔える意固地さを,この人は持っている.

「大学スポーツの伝統ですね.先祖代々の口伝としてそれが語り継がれ,まったく変わらない.身体の使い方もそうです.ワセダ式口伝によれば,シートのスライドの距離を短くして,上体を目いっぱい前後に振るのがよいとされている.できる限り前屈して一番遠くの水をつかみ次に身体をのけぞらせる.ナンセンスです.だから腰を痛めるんです.スライドの距離を長くして,上体よりも足の力をフルに使った方がいい」.
(中略)彼は突然ボート界にやってきた闖入者の目でこの世界を見たわけだった.妙に客観的になれる.

一人でやれば,行き詰ることもあります.それを避けるためにぼくは練習量を自分と契約したんです.今日は何本漕ごうとあらかじめ契約しておく.途中でいやになると契約違反だと言い聞かせて練習するんです.あと一本漕げば金メダルだと言い聞かせたわけですよ・・・.

そして本のタイトルになっている「スローカーブをもう一度」.

ホームベースの上では必ずバッターの低めをつくことだ.高めに入ってくるスローカーブなら打たれてしまう.ショートバウンドになってもいいから低めに投げなければいけない.これはストライクにならなくてもいいんだ.バッターのタイミングをはずせるし,打ち気をそらすこともできる.
いわれてみると確かにそうだった.
速い球に混ぜて,ときおり,超スローカーブを投げてみた.バッターは一度タイミングを取り直さなければならない.無理に打とうとすると,たいていはスイングを乱し,ボールはバットの根っこに当たってファウルになるか内野ゴロになった.そのまま見逃して,ストライクになったりすると,バッターは穏やかならざる気分になってしまう.

江夏の21球日本シリーズスクイズをはずした投球)」や「八月のカクテル光線(星稜vs箕島)」といった,記憶に残る名シーンの当事者たちの気持ち・考えを書き表した短編は素晴らしいです.でも,ストイックに競技にのめり込んでいるアスリートではなく,ちょっと異端児的な,斜に構えたような,肩意地張らないようなアスリートに注目しているところはもっと面白いです.そんな視点で,前者の作品を読み返すと,感動的な名シーンでも,当事者たちは案外クールに他のことを考えながらやっているようです.そんなところに光を当てているようにも思いますね.